大雑把な人間の方がモノを作れるんですよ。たとえば、「正確に伝えよう」としている人ほど、しゃべれないじゃないですか。僕らみたいに人前でしゃべれる人間は、「ほぼそれでいい」と思った言葉が出せる。そうじゃないと、人前で話すことなんてできません。モノをつくったりする人は、その分繊細じゃなくて、その分だけ大雑把だから、人前に提出できるんですよ。
三好さんも物書きだから分かると思うんですけど、小説家やライターの一番の能力は、「これくらいでいいか」と思って書き始められて、「これくらいでいいか」って終われること。素人がモノを書けないのは、作れないんじゃなくて、作り始めるのと書き終わるのに膨大な時間が必要だからです。
面白過ぎる!どうなっている?日本の報道。RT @tmasu: @uesugitakashi プルトニウムは重いから風で飛ばないという報道の一方で、今回検出されたプルトニウムはビキニ環礁の実験のとき飛んで来たものだという報道。これこそ矛盾。
人は見た目が九割。人柄は顔に出るし、幸せは目尻のシワにできる。
理性は声に宿り、嘘は目に映る。自信は姿勢を正すし、歩く様はその人の生き方を暗示し、表情は今までの思い出を表現する。個性は着るものや髪型を変え、職
は手に表れ、口は心の緊張を示す。結局、人間見た目にでてしまうもの。パンダ。
若い頃、ヨーロッパに住んでいたとき、通りすがりの人間からよく「日本人の馬鹿野郎!」とか「アジアに帰れ!」などと罵声を浴びせかけられました。
その話を人にすると、「そんなことをいわれて、随分と傷ついたでしょうね」などと同情されますが、別に傷つきなんかしませんでした。
その程度のことでいちいち傷ついていたら、ヨーロッパなんかに住めませんヨ!
それよりも不愉快だったのは、レストランに入ってもウェイターが中々、注文を取りに来ないとか、一見してサベツのようには見えない、巧妙で陰湿なやり方でサベツされることでした。
こういう形のサベツをする人間というのは、サベツは良くないということがちゃんとわかっていて、サベツされたと言いがかりをつけられないようにサベツをするわけですから、こっちの方がよっぽど悪質です。
それに較べると面と向かって「日本人の馬鹿野郎!」とはっきりいう人間の方がまだ可愛げがあるというか、少なくとも直接、悪口を言われた場合には、こちらも言い返すことができますし、
そういう言葉を口にする人間というのは、スキンヘッドの若者とか外国人に仕事を奪われて失業中の労働者とか、その国の社会の底辺の階層を構成している連中が多く、「可哀想な奴だ」と相手にせずに無視することができます。
いずれにせよ、私は、人間というのはほかの人間を差別しなければ生きていけない哀れな動物だと思っています。
人間は「あいつに較べりゃ、俺の方がまだマシだ」と思える人間がいないと生きていけないのです。
今までなんとか人々の善意やモラルでギリギリのところで保たれていた秩序がくずれはじめました。
病院で数多くの盗難が起こりはじめ、病院官舎では空き巣が。
本当に生きるか死ぬかの事態だというのに、死に切迫するわけでもない薬を、自分だけ多く手に入れようとしたり、世話をしきれなくなった家族を病院に置き去りにしたり、私は今回の件で人間に失望しました。
政治家がテレビで白々しく「復興」とか「力をあわせて」なんて言うのを心底バカバカしいと思う。
被災地中心はいまだに復興なんてみえない!
いつ終わりがみえるのかもわからない状況、こんな人間に失望することしか起きていない状況で、力をあわせてだと!?
総理、「命がけで」というなら命がけで瓦礫の山を乗り越えてこの惨状をみにくるべきだ。
今は食料よりも水よりもガソリン、燃料がほしい!!
この無法地帯を警備する人員も欲しい。
テレビは昨日からバラエティ番組もはじまっているけど、いつもとあまりかわらない毎日を送れているみなさん、忘れないで。ここは生き地獄です。あなたたちのなにもかもが恵まれている。
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nomtの日記 (via dominion525)
「三島由紀夫が呪詛した日常性が終った」(猪瀬直樹)、「富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた」(村上龍)、「津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある」(石原慎太郎)、「日本人はこの大災害の経験を、新たな信頼によって強固に結ばれた社会を建て直す、そのきっかけにできるかもしれない」(東浩紀) (via mercimademoiselle)
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誰の目にも明らかなウソなので、いちいち分析する必要もないかもしれないが、一応整理しておく。枝野氏は、視察前に菅首相がベントを指示していたと言っている。さらに、ベントをしても安全だから視察は可能だとも言っている。
しかし、ベントをすれば放射性物質が大気中に放出される。菅首相が本当にベントを指示したなら、視察は中止されたはずだ。あるいは、最低でも防護服を着た
状態で視察をしたはずである。もっとも、首相が防護服を着ている絵は恐怖感を煽るので、視察自体を中止するのが自然だ。また、ベントが実施されていないの
であれば、やるまで何度も指示をしているはずで、「俺が言ってもベントをしないなら、指示はいったんやめて、とりあえず視察でもするか」となるのはおかし
い。
やはり、菅首相は当初、原発事故についてまったく理解しておらず、政治的パフォーマンスを優先したと考えるべきだろう。その結果、
事態は悪化した。菅首相の目論見ではパフォーマンスによって「頼りになる菅さん」と賞賛されるはずが、逆に「現場を邪魔して、日本国民の団結心を政権延命
に悪用した菅さん」という現実が明らかになってきた。
菅首相が「撤退はありえない」と東電を脅したのも、自分自身の犯した深刻なミス
に気づいていたからではないか。菅政権としては、「東電=官僚的組織」とレッテルを貼り、事業仕分けの時のように、東電を叩いて政権を「正義」の側に置く
つもりなのだろう。しかし、そんな茶番劇をしたところで、「俺のミスをカバーするために、現場の人間は命をかけろ!」と、われわれの指揮官が錯乱した事実
は消せない。
設楽: TBSではですね、この後、まあ地震とかね、この災害の情報を流しますけども、裏でサンドウィッチマンがラジオやってるそうなんで。それ聴きたい人はそっち聴いて下さい!
と、裏の『オールナイトニッポン』の告知で締める設楽。熱いっ!
ちなみに、それを生放送中にリスナーのメールで知ったサンドウィッチマン。富澤は「これはちょっとやばい……」と言葉をつまらせる。伊達は一瞬の沈黙の後「マン一族ね! ……バナナマン、サンドウィッチマン、冷蔵庫マン!」
「見えない敵」という表現も良く見るが、本当の見えない敵は「放射能」じゃない。「不安」という怪物なのだ。この怪物に餌をやってはいけない。